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「Suicaのペンギン」卒業に2万超の署名 JR東日本が直面する“愛されマスコット”交代のリスク

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「Suica」イメージキャラクター・ペンギン
「Suicaのペンギン」公式Xより

JR東日本が電子マネー「Suica」のイメージキャラクター・ペンギンを2026年度末で卒業させると発表した。01年のサービス開始以来、四半世紀にわたって人々に親しまれてきた存在だけに、SNSでは「変えないで」「Suica=ペンギン」といった投稿が殺到し、署名活動まで発生している。なぜ今、JR東日本は“象徴の交代”を決断したのか。その背景と波紋を探った。

 

「ペンギンロス」広がる SNSで2万超の署名運動

JR東日本は、2026年秋にモバイルSuicaへ新たなコード決済機能を搭載し、デジタル決済サービスとしての大幅拡充を進める計画だ。その転換点にあわせ、「Suicaのペンギン」を卒業させ、新キャラクターを起用すると発表した。

2001年のSuica導入とともに誕生したペンギンは、駅構内のポスターやグッズで圧倒的な存在感を放ち、いまや「交通ICカードの象徴」として定着している。デザイナーの坂崎千春氏が生み出したその無表情で柔らかなデザインは、都会の喧騒の中に温かさを感じさせる存在だった。

しかし“卒業”の一報が流れるや、SNSは騒然となった。
「SuicaペンギンがいないSuicaなんてSuicaじゃない」「ペンギンが変わるなら使う気が失せる」「この発表を見て泣いてしまった」――。
X(旧Twitter)では、#Suicaペンギン のハッシュタグがトレンド上位に浮上。ファンの有志が立ち上げたオンライン署名サイトには、わずか数日で2万件を超える賛同が集まった。コメント欄には「定期券のたびにペンギンに癒やされていた」「息子がペンギンを指さして笑うのが日課だった」といった投稿が並び、単なるキャラクターではなく「生活の一部」として愛されてきたことを物語っている。

 

SNS世代の“感情の連鎖”とブランド愛

Suicaペンギンの人気は、単なるノスタルジーではない。SNS世代の共感を呼ぶ「静かな優しさ」「無言のユーモア」が、キャラクター疲れの時代に逆に新鮮に映っている。
X上では「この無表情がいい」「説明しすぎないキャラは今のSNSにない」といった分析的な声も多く、20〜30代のクリエイター層からも支持を集める。
また、駅ナカショップ「ペンスタ東京」(東京駅構内)では、卒業発表後にグッズが軒並み品薄となった。Suicaペンギンのぬいぐるみは一時、メルカリなどで定価の倍以上で取引されている。

社会心理学的にも、長年のマスコット交代は「喪失体験」に近い感情を引き起こすとされる。利用者の多くがSuicaペンギンを「自分の日常の一部」と感じている以上、今回の発表がこれほどの波紋を呼ぶのは自然なことだ。

ドン・キホーテの「ドンペン炎上」が示したもの

企業マスコットの交代が難しいことは、すでに他社の事例が証明している。
2022年、ディスカウント大手のドン・キホーテがブランド刷新を目的に、長年の人気キャラ「ドンペン」を引退させ、新キャラ「ド情ちゃん」を起用すると発表したところ、SNSは大炎上。「ドンペン返して!」「情熱を感じない」との批判が殺到し、わずか数日で続投が決定した。

企業イメージを体現するキャラクターは、単なる広告の道具ではない。長年をかけて築かれたブランド信頼の「人格」として機能している。だからこそ、その“人格”を急に入れ替えることは、利用者の感情に強い違和感を与える。
JR東日本の「Suicaペンギン」も、まさにその域に達している。彼の穏やかな笑顔は、無機質な改札口の向こうに“人の温もり”を感じさせる存在だった。

 

JR東日本の“刷新”の狙いと現実的理由

JR東日本によれば、キャラクター交代は「モバイルSuica拡張に伴うブランド刷新」の一環だという。だが広告・マーケティングの専門家の間では、「表向き以上の理由があるのでは」と見る声も多い。

まず、ライセンス契約や維持コストの問題だ。人気キャラクターほど著作権管理は複雑化し、更新時の条件交渉も難航しがちだ。ペンギンの使用料や展開範囲が再調整の対象になった可能性は高い。

次に、事業イメージとの整合性。Suicaはもともと「鉄道×非接触IC」という世界観だったが、今後は「金融・コード決済」領域へ踏み出す。これまでの“穏やかで可愛いペンギン”では、スピード感やテクノロジー性を打ち出しにくい。
つまり、Suicaが「交通インフラ」から「決済ブランド」に転じる節目に、ビジュアル面でも刷新を図る狙いがあるのだ。

さらに一部では、内部的なブランド再構築の可能性も指摘されている。Suica関連サービスを横断的に統一し、モバイルアプリや新決済サービスを一体運営する上で、“新時代の象徴”が必要だったのだろう。

 

愛されすぎたキャラの“重さ”と企業の葛藤

JR東日本が「ペンギンを捨てる」とは誰も考えていないだろう。むしろ、あまりに愛されすぎたがゆえに、次の一手が重くのしかかっている。
過去の企業事例では、老舗化粧品ブランド「よーじや」が2024年に60年ぶりのロゴ刷新を行ったが、批判が殺到した。偶然にも新キャラ「よじこ」を手がけたのはペンギンと同じ坂崎千春氏。新旧ファンの板挟みになり、現在もブランド再調整が続く。
また、発動機メーカー・ヤンマーの「ヤン坊マー坊」も9度目のリニューアルを経ているが、かつてのような浸透力は得られていない。

長年のマスコットを変えるというのは、企業にとって“刷新”であると同時に“危機管理”でもある。ファンの失望を最小限に抑えながら、次の世代に新たな物語をどう紡ぐか。ペンギンの引退は、企業文化と消費者心理のせめぎ合いの最前線に立たされている。

 

「ペンギンを残す道」はないのか

多くのファンは“完全交代”を恐れている。SNS上では「兄弟キャラ」「後継ペンギン」「デジタル版ペンギン」など、希望的観測が飛び交う。
マーケティング関係者の間でも、「刷新と継続の両立」は可能だとする見方がある。たとえば現行ペンギンを“レガシーキャラクター”として限定的に存続させつつ、新キャラに移行する手法だ。
しかし、その場合はブランドイメージが二分化する恐れもある。ペンギンが残れば新キャラが霞み、完全刷新すれば反発が強まる。どちらにしても「簡単に変えられるものではない」という現実が立ちはだかる。

企業広報の世界では、「変える必要のないキャラクターは、変えないほうがいい」という鉄則がある。もし変えるならば、なぜ変えるのか、どう未来につなげるのかを、丁寧に説明することが欠かせない。

 

“変える勇気”と“変えない責任”

Suicaペンギンの卒業は、企業と顧客の信頼関係のあり方を問う出来事となった。
単なるデザイン変更ではなく、長年の文化的象徴をどう次代へ引き継ぐかという試練である。
「変える勇気」と「変えない責任」。その両立が、JR東日本のブランドを次の25年へ導く鍵になる。

ペンギンの静かな微笑みが見納めになる日、改札を通る人々はきっと一度足を止めるだろう。
――「ありがとう」と。


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ライター:

千葉県生まれ。青果卸売の現場で働いたのち、フリーライターへ。 野菜や果物のようにみずみずしい旬な話題を届けたいと思っています。 料理と漫画・アニメが大好きです。

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