
2025年11月7日、東京・丸の内の東京商工会議所にて、認定NPO法人(認定特定非営利活動法人)の発展と社会課題解決の加速を目的としたカンファレンス「認定NPOカンファレンス ignite!(イグナイト)」(主催:ignite!実行委員会)が初開催された。
昨今、認定NPO法人フローレンスと渋谷区の事業委託を巡る問題などに端を発し、NPOのガバナンスや資金の使い道に対して社会的な批判の目が向けられる場面も少なくない。しかし、複雑化する社会課題を解決し、真の「社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)」を実現するためには、行政の手が届かない領域をカバーするNPOの存在が不可欠だ。
逆風とも言える状況下で開催された本カンファレンスには、定員を大きく上回る約500名の参加者が集結。「NPOは清貧であるべき」「管理費は無駄」といった固定観念を打破し、信頼とインパクトによって社会を変えるための“反転攻勢”の狼煙(のろし)が上がった。
「活動の可視化を」 維新・藤田共同代表が語る“民”の役割

オープニングを飾ったのは、日本維新の会 共同代表・藤田文武衆議院議員と、本カンファレンス実行委員長であるコングラント株式会社代表取締役CEO 佐藤正隆氏による対談セッションだ。
両氏は、藤田氏が政界入りする以前の実業家時代からの旧知の間柄である。かつて二人は「公益資本主義(資本主義という枠組みの中で、いかに公益に資する活動を増やしていくか)」という根源的なテーマについて共に学び、議論を重ねてきた。
藤田氏は、かつての盟友である佐藤氏が、現在NPOセクターの最前線で社会変革を牽引していることに言及。「長年の議論が形になったようで、個人的にも誇らしく思う」と述べ、深い共感と信頼を寄せた。
セッションの中で藤田氏が特に熱を込めて語ったのが、共助社会の基盤となる「寄付税制(税額控除)」の本質的意義だ。
藤田氏は、税額控除を単なる経済的な優遇措置ではなく、「国民が税負担の一部を、自らが応援したい公益活動へ主体的に振り向ける仕組み」であると再定義した。
「税金として一律に徴収されるのではなく、自らの意思で使い道を選び、公益に関与する。これは一種の『意思表明』であり、国と市民が協調して社会をつくる形と言える」(藤田氏)
その上で、実効性のある支援策を講じるためには、NPO側からの働きかけが不可欠だと指摘。「政治家には見えていない現場の実情や知見を、ぜひ提言してほしい。それこそが社会変革への最短ルートであり、我々も国会の場でしっかりと取り上げていく」と呼びかけた。
また、藤田氏はNPOに対し、活動成果の「可視化」を強く求めた。
「成功も失敗も含め、寄付によって事業がどう拡大し、誰が救われたのか。具体的な『事例(ケーススタディ)』の積み重ねこそが、社会を良くする『インパクト』の証明になる」(藤田氏)
これを受け、佐藤氏も呼応した。「認定NPOだけにすべてを背負わせるのではなく、我々支援側が外側からエコシステムを構築する必要がある」と強調。「次世代が寄付や社会貢献に迷うことのない社会を作りたい。社会を変えることは、皆で決意し、実行すれば必ず成し遂げられる」と会場に力強く呼びかけ、セッションを締めくくった。
「iPhoneを買う時、社長の給料を気にするか?」 ダン・パロッタ氏が解体した“5つの差別”

続いて登壇したのは、米国の著名な社会活動家であり、TEDトークや著書『Uncharitable』で知られるダン・パロッタ(Dan Pallotta)氏だ。
パロッタ氏は、1960年代のアポロ計画と同時期にベトナム戦争や貧困問題があった自身の原体験を語り、「人類には月に行く能力があるのだから、地上の貧困やホームレスの問題だって解決できるはずだ」と訴えた。しかし、それを阻んでいるのは、私たちが営利企業には許していることを非営利組織には禁じている「5つの差別(給与、広告宣伝、リスクテイク、時間、利益)」にあると指摘する。
彼は、我々が消費者としてiPhoneを買う時の心理と、寄付者としてNPOを見る時の心理の矛盾を鋭く突いた。
「私たちはiPhoneを買う時、ティム・クック(Apple CEO)の給料が安いから買うわけではありません。iPhoneが素晴らしいから買うのです。チャリティも同じであるべきです。『組織の運営費』や『給与の低さ』ではなく、『問題を解決しているか』という結果で判断すべきなのです」
さらに、「インセンティブを見れば結果がわかる」という経済原則を挙げ、「コストを低く保つことが評価されるなら、NPOはコスト削減に注力し、社会課題の解決は二の次になってしまう」と警告。「予算が足りないからできないと小さくまとまるのではなく、ムーンショット(壮大な目標)を描き、そのために必要な資源を堂々と求めてほしい」とエールを送った。
「借金王」と「内部留保炎上」 日本のトップリーダーたちが語る“きれいごと抜き”の経営論

パロッタ氏の提言を受け、日本のソーシャルセクターを牽引する3名のリーダーによるパネルディスカッション「NPO代表と語る未来『uncharitable』は日本でも起きているか?」が行われた。登壇したのは、ピースウィンズ・ジャパンの大西健丞氏、カタリバの今村久美氏、SALASUSUの青木健太氏、モデレーターとして日本ファンドレイジング協会の鵜尾雅隆氏だ。
大西氏は、パロッタ氏が指摘した「資金調達」や「リスクテイク」の課題に対し、自らを「NPO業界の借金王」と称して独自の経営論を展開した。
「まともなファイナンスの仕組みがNPOにないので、銀行が貸してくれないなら自分たちで仕組みを作るしかない。リスクを取らない人にお金は来ないんです。『インパクトを出す』という姿勢を見せて、自分がヤツザキになってもやるんだという覚悟を見せれば、お金はついてきます」
一方、今村氏は、直近でSNS上で団体の「内部留保(資産)」について批判を受けた経験に触れながら、NPOにおける「投資」の重要性を語った。
「かつて理事会で『5000万円をマーケティング費に使う』と言った時は震えましたが、その結果、支援の輪は大きく広がりました。(批判に対しては)『なぜこのコストが必要なのか』『この投資が将来どういうリターンを生むのか』を、丁寧に、でも堂々と説明していく責任が私たちにはあります」
そして青木氏は、日本のNPO職員の給与水準と、そこにある「清貧の美徳」という名の同調圧力に対して、次のように切り込んだ。
「優秀な人をNPOに連れてくる時、『給料が下がるから』と諦めるのではなく、普通に暮らせる、500万、600万、700万ぐらいは出せる業界にしないと夢がない。X(旧Twitter)などで叩かれることもありますが、それは『寄付していない人』の声が大きい。それに振り回されず、本当に自分たちに寄付してくれている人たち、活動を信じてくれている人たちと対話すべきです」
「管理費が低い=良い団体」という安易な指標に逃げず、本質的な成果とビジョンで勝負する。3名のリーダーの言葉は、会場に集まった次世代のNPO関係者を強く鼓舞した。
「3年以内にこの国を変える」 次世代への決意

カンファレンスではこの他、「ignite! PITCH 2025」や、金融・CSR・事業承継をテーマにした多彩なセッションが展開された。
クロージングセッションでは、実行委員長の佐藤正隆氏(コングラント株式会社 代表取締役CEO)が登壇。「認定NPOを取り巻く環境を変えていくこと」への強い決意を表明した。
佐藤氏は、この日議論された「認定NPO法人制度の改善」や「寄付税制への提言」について、すでに具体的なアクションプランが動き出していることに触れ、こう宣言した。
「この鬱憤(うっぷん)を晴らすためにも、どんどん声を大きくして、必ず日本の認定NPO制度をはじめとする周辺環境を大きく変えていく。それを3年以内にやります」
「同情」から「投資」へ。私たちはNPOとどう関わるべきか
本カンファレンスを通じて浮き彫りになったのは、日本の認定NPOが今まさに、社会との関係性を再定義しようとしている姿だ。
これまでのNPOは、社会的な弱さをアピールし、「同情」を誘うことで支援を集める側面が少なからずあったかもしれない。しかし、「ignite!」で語られたのは、「社会課題を解決するプロフェッショナルとして、正当な対価と投資を求める」という、極めて健全かつ野心的な姿勢だった。
彼らは、社会課題という「市場の失敗」を修復するために、リスクを取り、人材に投資し、マーケティングを行い、そして大きなインパクト(社会的成果)を出そうとしている。
では、私たち「市井の民」は、彼らとどう関わるべきか。
ひとつは「管理費(オーバーヘッド)=悪」という神話を捨てることだ。 ダン・パロッタ氏が説いたように、私たちが求めているのは「経費の節約」ではなく「問題の解決」であるはずだ。NPOが優秀な人材を雇い、効率的なシステムを導入するために使うお金は、社会を変えるための必要な「コスト」ではなく「投資」であると認識を改める必要がある。
また、「批判者」ではなく「投資家」としての目線を持つことも重要だろう。 SNS上の表面的な批判や、「清貧であれ」という無責任な期待に同調するのではなく、その団体が掲げる「ビジョン(夢)」と、それを実現するための「戦略」に注目したい。青木氏が語ったように、批判者の声ではなく、夢を共有しリスクを共にする寄付者(投資家)こそが、彼らの支えとなる。
NPOへの寄付とは、単なる慈善活動ではない。 それは、自分たちの力だけでは解決できない社会課題を、専門家である彼らに託し、より良い未来のリターンを得るための「投資」だ。
「ignite(着火)」されたのは、NPO側の情熱だけではない。
私たち市民側の意識変革の火種もまた、この日確かに灯されたのである。



